HHKB HYBRID Type-Sを手にした人は皆、同じ疑問をもつ。「なぜ最新のモデルなのに、リチウムイオンを使った充電式ではなく、古くからある乾電池の使用になっているんだろう」と。
たしかにこれは不思議だ。生産コストを下げるため?技術的な課題があったから?あるいは、最近の潮流をあえて無視して、古い文化を重んじることで、ユーザーの心を掴むためだろうか。
いやいや。実はこれには、HHKBの信念に基づいた確固たる理由があったのだ。
HHKBのコンセプトはカウボーイにとっての「鞍」である
アメリカ西部のカウボーイたちは、馬が死ぬと、馬はそこに残していくが、
どんなに砂漠を歩こうとも、鞍は自分で担いで往く。馬は消耗品であり、
鞍は自分の体に馴染んだインターフェースだからだ。いまやパソコンは消耗品であり、
キーボードは大切な、
生涯使えるインターフェースであることを
忘れてはいけない。
これが、HHKBがユーザーに伝えたい信念であり、商品にかける想いだ。
パソコンは、古くなれば買い替えてしまう。生涯をとおして同じマシンを使いつづけることは、不可能に近い。
バッテリーがヘタってしまったり、スペックが今の業務に追いつけなくなったり、故障したり……。さまざまな理由で手を離れていってしまう。
したがって、パソコンへのこだわりを持ちつづけることに、あまり大きな意味はない。消耗品であり、繋ぎつづけていくものだからだ。
しかしキーボードは違う。
自分の "体の一部" となって、自分の身が朽ち果てるその日まで共に歩けるもの。「こいつとなら、生涯をとおして一緒にいられる」と、そう思えるものに出会う必要があるガジェットだ。
なかには「消耗品」であるキーボードもあるだろう。ぼくも過去にはサヨナラを告げたキーボードがいくつもある。
だがコイツだけは違う。あなたの生涯に寄りそうことができるキーボード。それを目指したのが「Happy Hacking Keyboard」なのだ。
ヘタらないリチウムイオンバッテリーは無い
生涯をともにするということは、30年でも40年でも、動きつづける必要がある、ということだ。それを考慮したときに、リチウムイオンバッテリーは適さない。
iPhoneなどのスマートフォンを思い浮かべてみよう。これらはリチウムイオンバッテリーを採用している代表的なガジェットだが、定期的に買い換える必要があるものだ。
買い換える理由は人それぞれ。画面が割れた。故障した。スペックが追いつかなくなった。いろいろある。
しかし、その理由のなかでもっとも多いのが「バッテリー消耗が激しくなったから」だ。
「バッテリーの消耗が激しくなった」と表現しているが、正しくは「蓄電できるバッテリーの上限がどんどん減ってきた」だ。
リチウムイオンバッテリーはその性質上、蓄電と放電を繰り返すことで、徐々に蓄電できる容量が減ってきてしまう。「さっき充電したばっかりなのに、もう30%しか残ってないよ」となる理由は、このためだ。
iPhoneで10年使いつづけている人は稀だろう。そこに至るまでに、おそらく生活に支障が出るぐらい、バッテリーがヘタってしまう。
では「生涯つかいつづける道具」の、バッテリー問題を解決するためには、どうしたらいいか。
答えは簡単だ。バッテリーを取り替えられるようにすれば良い。
だからHHKBは、頑なに乾電池による給電方式を守っているのだ。
「電池」という存在が世の中から消え去らない限り、HHKBを動かしつづけることができる。もしかしたら、自分の一生だけでなく、娘の人生にとっても役立つガジェットになるかもしれない。
そんな可能性を秘めた、すばらしい思想が、HHKBには根付いていたのだ。
あとがき
この理由を知ったとき「なるほどなぁ」と納得せざるを得なかった。
時計みたいなものだね。ロレックスやロンジンなど、古くからのアナログ時計は、親から息子、そして孫へと引き継いでいくことができる。
しかしスマートウォッチは、そういうわけにはいかない。あくまで自分のためのガジェットであって、消耗品であり、一生を添い遂げることはできない。
なるほど。だからぼくは、アナログ時計が好きなのか。