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定番な日常と、チェック柄のストッキング

teiban-to-sutokkinngu

つねに変化を求められるいま、だからこそ「いつもの」を持つことが大切なように思える。

定番と言いかえてもいいかもしれない。あるいはリズム、安定、基準点など考えられるが、なんにせよ「いつもの」である。

ぼくも物を書く身であるから、新しい何かを読者に届けたいと、いつも考えている。楽しいこと、役立つこと、生活が便利になること。

安心と安全をとどけるのも大切 な使命ではあるが、それと同時にワクワクやドキドキをとどけるのも、同じくらい大切なのだ。

しかし、だからといって、ぼく自身がつねに変化のなかに身を投じておくべきか?というと、必ずしもそうとはいえない。北極星はぼく自身で、「いつも」そこにあるべき存在なんだと思う。

「いつもの」日常

ある朝、iPhoneからけたたましく流れるアラームで目がさめる。ぼくがどれだけ心地よく寝ているともしらず、時間がくれば遠慮なく割って入ってくる不躾なそいつを、ぼくは心底きらった。

それでもぼくは大人だから、不機嫌になりながらも、いつものように仕事の準備をはじめなくてはいけない。

ざつに布団をまとめ、パジャマを脱ぎ、ジョンマーロンの香水をひとふり体に吹きかける。

いつもの白シャツに手を通し、いつものジーパンを履く。最近は洋服の組合せを考えるのがめんどうだから、決まって白シャツとジーパンを身にまとう。ぼくにとっての制服のようなものだ。

靴下を履き——、今日の気温をiPhoneでチェックする。昨日より寒いみたいだから、すこし厚手のセーターを着込むことにした。

となりには、まだ幼稚園の冬休みを満喫している妻と子が、気持ちよさそうに寝ている。起こさないように二人をまたぎ、洗面所へむかった。

鏡にうつったのは見慣れた天然パーマな男。いつも寝癖がひどいので、いったん水で濡らさなければならない、なんともめんどうな頭だ。かれこれ32年の付き合いになる。

顔を洗いながら髪を濡らし、乾かしたら洗面所をあとにする。その後トイレに向かう。リビングに戻ってカバンにパソコンと手帳と、1冊の本を詰め込む。

Knotの銀色の時計を左手にまわし、お尻のポケットにハンカチを。左のポケットにキーケースをいれ、右のポケットにiPhoneを放り込む。

何百回と繰り返えしてきたおかげで、ぼくはこれらの身支度の達人になっていた。

時間は9時ほんの手前。定時よりはすこし早めに着いてしまうが、今日はもう出発してしまおう。上着を取りに寝室へ向かうと、ベッドの中で目覚めのまどろみを楽しんでいる妻と娘と目があった。

「ごめんねー」
「いいよいいよ、せっかくの休みなんだし、ゆっくり休んどきなー。見送りもここで大丈夫だから」

上着を着こなし、妻と娘がふりふりとゆらす手に返事をして、玄関へ向かう。3足ある白のスニーカーのなかから、今日はお気に入りの一足を選び、ゆらりと家をでた。

エレベーターの待ち時間を利用してカバンからヘッドホンを取り出し、iPhoneで曲を選ぶ。昨日はマイケル・ジャクソンだったが、今日の気分は星野源。シャッフル再生を終えるころには、エレベーターは一階に到着していた。

いつもどおりの日常。いつもと同じように駅に向かい、改札を抜け、ぼくは出勤していく。

「いつもの」と違う日常

足早に駅に向かうとちゅう、ぼくを後ろから追い抜く女性がいた。ぼくもそこそこ歩くのは速いほうだろうが、それを颯爽と追い抜いていく。

急いでいるようには見えない。焦っているわけではなさそうだ。すらりと伸びた足が、ただ純粋に彼女を遠くまで運んでいるのだ。

すらりと伸びた足——。よく見ると不思議な柄のストッキングを履いている。いや、ぼくは男なので、正確にはそれがタイツなのか、あるいはストッキングなのかは区別できなかったが、いずれにしても不思議な格好をしている。

彼女の左足は、白と赤のチェック模様で、いっぽうの右足は、黒と赤のチェック模様。デザインは同じだが、左右違う色のストッキングを履きこなしていた。

ぼくは「ダンガンロンパのモノクマみたいなデザインだな」と、心の中でぽろりと言葉をこぼした。

しかしそれが、おそらく彼女にとっての一張羅。自信に満ちた彼女の心が、きっとあそこまで足を軽くしたのだろう。

なのとなく目についた。気になって、考えを巡らせた。これから彼女はどこに向かうのだろう。誰とあって、なにをするのだろうか。

日常のなかに、ほんのすこし亀裂がはいり、一筋の光がさしこんだ。

そんな彼女の後ろ姿をみおくりながら、ぼくは変わらずヘッドホンで「SUN」を聴いていた。

ぼくがせかいの中心で

なにもしなくても、ぼくなんかが何かを変えようとしなくても、日常は変化にあふれている。変わらないもののなかに、ぼくが気づけなかった変わっているものがあるにちがいない。

ぼくが変化のなかに身を置いてしまったら、周りで起こった変化を観察することはできないのではないか。

ぼくはいつだって「ぼく」という地点に立っているべきで、そこから冷静な目で周りを見まわたすのだ。

体を動かさないと、あきてしまうから、たまには体を動かす。ちょっと違うことをして楽しむ。冒険や挑戦をして、ドキドキを味わいたい。

でもそのあとは、決まって「いつもの」コーヒーをすするのだ。

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