「いつも…その格好を?」
あいつがそんな分けわかんねぇこと聞きやがるから、こっちは思い出したくもねぇことまで思い出しちまったじゃねえか。
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自分の役割を果たせなかった男の話
コンクリートの地面に陽炎が立つほどの暑さの中、「あぁ。こんなクソが付くほど暑い日は、さったさと仕事を切り上げてビールでも流し込みてぇなぁ」なんて思っていたら、あの不愉快な声が聞こえてきたんだ。
『いつも…その格好を?』
そんな声のかけられ方は初めてだ。私に好き好んで声をかけるなんて、道に迷ったか物を無くしたか、そんなものなのに。あいつは素っ頓狂な声を浴びせてきやがった。
こんな変なことを聞いてくるなんて、大抵ろくなヤツじゃない。質問の意味もわからないが、真面目に相手するだけ無駄と言うもの。適当に返してやったよ。
「当たり前でしょう。これが制服なんですから」
すると男は怪訝な顔をみせる。そんなにお気に召さない答えだっただろうか。それともこの不愉快な気持ちを察してもらえたのだろうか。
『暑くないのですか?』
「暑いに決まってるでしょ。バカにしてんの?」
汗だくのこの体を見たら分かるだろうが。あぁ、だんだん腹が立ってきた。
「こっちも仕事なの。わかるでしょ?いろいろ大変なんだから、用もないのに話しかけないでよ。ところで君どこの人?身分証、ある?」
身なりを見ると、まぁ変な感じではない。ただ後々厄介事を起こされても面倒だしな。
『身分証ですか。ちょうど俺も探していたところです』
後悔したよ。こいつは相手にしちゃいけない部類の輩だった。厄介事を起こすとか起こさないとかじゃなくて、こいつ自体が厄介なんだって気づいたよ。
「はぁ?」
『記憶を失くしてしまったんです。さっぱり何も覚えていない。気づいたらあそこの交差点に立っていました。何も持たず、どこに行ったらいいかも分からないんです』
世に言う "厨二病" ってやつか?まぁいいや。この類の輩は相手にするだけコチラが馬鹿をみるって相場が決まってる。
「はぁ? ふざけてるの?」
「ふざけてるでしょ。警察なめてんの?」
これぐらい言っておけばビビるか面倒がるか、大抵はどっかに行っちまうんだよ。普通はね。でもこいつは更に困った顔して、本当にコッチに助けを求めるみたいな顔しやがったんだ。
『いえ、失礼なことを言ってしまったのならお詫びします。ただ助けてほしいんです。記憶を失くして困っているんです』
本当に記憶をなくしてるのか、それとも冗談で俺をからかっているのか。切羽詰まった感じは分かったが、いずれにしても俺には荷が重いし、してやれることもなさそうだった。
「……あのー、じゃあ病院いこうね。さっき立ってた交差点あるでしょ。そこ右に曲がると大学病院だから。いってらっしゃい」
『ありがとうございます! “だいがくびょういん”に行けば俺が誰だか分かるのですね』
…
クソ暑いなぁ。まだお天道さんもあんなに高くにいやがる。さっさと仕事終わらせて、ビールでも流し込みたいところだよ。
『"だいがくびょういん" に行けば俺が誰だか分かるのですね』
あいつが変なこというから、その言葉がこびりついて離れやしない。そういや息子も、そんなこと言ってたな。
生意気に『俺は自分のやりたい事を見つけるんだ!』なんて出て行きやがって。あの時は俺も「ふざけんな!ちゃんと大学行って、まともに就職の一つでもしてみやがれ」なんて言っちまった。
『親父は自分の事ばかりだ。家族としての役目を果たそうなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇ。俺は、親父みたいにはなりたくねぇんだよ!』
あの時は頭に来て、咄嗟に殴っちまった。今では後悔してるんだ。でもな、俺だってまだ自分が誰だか分かっちゃいねぇ。警官として真っ当な生き方をしてきてみたが、大事なもんは何一つ守っちゃこられなかった。
でも、もしまだお前がいたら、今度は約束してやるよ。家族を守ってやるってな。
…
あいつ、まだ交差点をうろうろしてやがんのか。迷ってねぇで先に進んでみろってんだ。止まってたって何も見えてこねぇんだからよ。
てめーみたいな頃合いのヤツは、みんな分かんねぇんだよ。息子もそうだった。自分の役割というか、立ち位置みたいなもんに悩んでた。
てめーは嬉しそうに『あそこに行けば自分のことが分かるんですね』なんて言ってやがったが、それは違う。どこかにあるわけじゃねーんだよ。見つけるようなもんじゃねえ。
大切なのは、てめーが気がつくことさ。
ま、せいぜい足掻いてみな。もう息子に言ってやれねぇから、代わりにお前の幸せ祈っててやるよ。
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